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ビジネスリーダーの洞察力

話題のヒット商品やサービスを送り出したビジネスリーダーへのシリーズインタビュー。
成功の裏側にある戦略やマネジメントについて『洞察力』という切り口から掘り下げ、ビジネスを成功に導く本質に迫ります。

外部の視点を取り入れなければ成長の機会は失われてしまう。
自分の「外」にあるものとの「会話」を大事にする
鈴木健の洞察力(前編)

ブランドの強みを生かして、いかに新規層に訴求できるか

株式会社 ニューバランスジャパン様

写真左)株式会社 ニューバランスジャパン マーケティング部 ディレクター 鈴木健様
写真右)弊社 コンサルティング本部 インサイトコンサルティング部 コンサルティングディレクター 堀

アメリカ、ボストンで創業したランニングシューズメーカー、ニューバランス。2023年には吉祥寺に新しい直営店をオープンし、話題となっています。2009年から同社でブランドマネジメントやマーケティングを担当する鈴木健氏にお話を伺いしました。

鈴木健様

株式会社 ニューバランスジャパン

鈴木健様

マーケティング部 ディレクター
1991年広告代理店の営業としてスタートし、ナイキジャパンで7年のマーケティング経験を経て2009年にニューバランスジャパンへ。 ブランドマネジメントやPR、広告などマーケティング全般のほか直営店やEC事業責任統括も務める。

ブランドの立ち位置が変われば、消費者に響く施策の内容も変わるべき

 広告代理店を出発点に、ナイキを経て2009年に入社されていますが、その当時は、ニューバランスというブランドはどんな課題を抱え、鈴木さんはどんなことを期待されていたのでしょうか。

鈴木様 大きな期待を背負って入社したように思われがちですが、実は「それまでの知見をニューバランスで生かしてください」という感じだったと記憶しています。
2009年当時は、会社のスケールも大きくはなく、ナイキと比較してもブランドのステージが違いました。課題というよりはブランドのステージの違いをどうとらえるか、というところから着手しました。

 ブランドの現状をとらえた結果、ニューバランスが持つ強みにあらためて焦点を当てるということになったのですね。

鈴木様 ニューバランスがナイキと同じカテゴリーだから、こういうことをやればいいと思っていたことが、実はブランドが違うとそのままうまくいくものではないと気づく機会があったからです。
ナイキは、カテゴリー内でトップクラスのブランドなので、ある意味で楽だったとも言えます。すでに強いのでマーケティングシチュエーションを気にする必要もありませんでした。しかしトップを争うような立場にないブランドの場合は、大上段に構えた考えで施策を展開しても消費者には響きません。
具体的な話では、それほど知名度の高くない企業やブランドがトップブランドと同じようなタレントを起用し「使っています」「履いています」と訴求しても、消費者は「そんなわけがない」と思ってしまいます。私たちの活動に対してもまさにそういう反応でした。
それに気づいてからは、ニューバランスを元々好きだった人や履いていた人を探して起用するアプローチに変えました。そういう人を起用しないとブランドの良さや強みは伝わらないです。

インタビューの様子2

 近年のインフルエンサーマーケティングでも感じますが、本当のブランドユーザーや商品に愛着を持っている人を起用しないと通用しない傾向が強くなっています。

鈴木様 一方で、真のユーザーだけに注目するとマーケットの拡大は望めないという面もあります。そこで私たちは、ニューバランスを愛用している人と、まだ使ったことがない人の両方を起用する方法を採用しました。愛用している人が使っていない人に勧めるという企画で、一定の手応えを感じることができました。
これはタレント起用に限った話ではなく、市場の話でもあります。知っている、使っている人では使い心地は良いのだけれど、新しい人にその良さを伝えていかないと、そのブランドは次第に衰退してしまうのです。そのためには強みをどう理解するか、強みを生かして、どのように新規層やマーケットを攻略するのかをイメージしないと成長できません。

 確かに、ほとんどの企業はそのカテゴリーのナンバーワンではないので、カテゴリーが違っても同じような悩みはあるのかもしれませんね。
ニューバランスの消費者には「ランナー」と「ファッション」の2軸があると思います。ブランディングにおいて、ターゲットをどのようにとらえていますか。

鈴木様 実際に、スニーカーを買う可能性がある人とランニングシューズを買う人のプロフィールには違いがあります。一方、ブランドの立場を考えると、そこまで「お客様」のことを意識していないのではないか、ということもあります。
私たちもその考えにいたるまでは、紆余曲折がありました。今はデジタルの時代なのでデータに基づいてセグメンテーションすればナンバーワンになる方法があると考えがちです。ユーザーだけに注目するとマーケットが広がらないという話と同じで、ブランドも拡大せず停滞してしまいます。
マーケットを理解することは重要ですが、大人向けの商品を子供に売ることはできないですし、その逆もまた同様です。セグメントにこだわって競争相手を絞り込みすぎることは、マーケターが陥りがちなひとつの罠だと思います。「セグメント」というものは存在しますが、今、成長しているブランドは、そのセグメントに限らなかったり、そこへの対処を変えたりすることで成果を残しています。
この点で最近面白いと感じたのはライザップさんがはじめたコンビニジム「chocoZAP(チョコザップ)」です。スポーツジムを立ち上げるとなると、普通はトレーニングをする人、みたいなセグメントを考えます。それは間違いではないですが、chocoZAPはそもそもジムに行くような人ではなく、運動をしない人がターゲットなので見ている層が違うのです。
普段からジムに行くような人にとってchocoZAPはネイルもできるし、ちょっとしたエステサロンのように見える。ライザップさんは市場を違う視点でとらえてセグメントをしているから、競合しないし、そこが成長ポイントになると考えたのだと思います。そのうちジムへ行こうと思う人がchocoZAPへ行くようになると、元々のトラディショナルマーケットが食われることになる。既存顧客、既存の競合しか見ないでセグメンテーションをしていると、普通ではできない挑戦をchocoZAPはしているのだと思います。

インタビューの様子3

 ニューバランスは、直営店、ECとチャネルはたくさんありますが、消費者の購買データはどのように活用されていますか。

鈴木様 売上げと、顧客情報がわかるような購買データはもちろん見ています。ただ、いずれも結果のデータなのでそれほど新しい発見はないと感じています。商品がウケたのか、ウケていないのかという意味で想定どおりの結果になっていることは把握できますが、それだけでは「どうしてそうなったのか」がわからないので、結局そこから考える必要があります。

 今はダッシュボード化されて、すぐにデータが見られる環境が整っていますが、ただダッシュボード上でデータを眺めているだけでは、売上げが上がった・下がったという事象の理由までは教えてくれません。本来はその理由を探ることがマーケターの仕事ですが、どうしても結果だけに意識が向いてしまうことがあります。

鈴木様 考えるきっかけを作るためには、データを見る側がきちんと考えないといけないと思っています。

 私たちのようなリサーチ会社に期待していることはありますか。

鈴木様 期待というよりは自分の反省にもなりますが、リサーチ会社へのオリエンテーションをきちんとしない人が多いので、リサーチ会社には徹底的に話を聞いてほしいですね。 オリエンをおろそかにする人に限って「レポートを読みたい」「結果を知りたい」と後から言う人がいますが、その前に考えることがあるはずです。レポートを見てから気がつくということは最初の情報共有が足りないために生じると思うので、事前の話し合いを大切にしてほしいです。

 ゴールが共有できていればリカバリーできる設計を考えられます。様々な視点でオーダーされると違和感があるので、私たちもそのままで進めないように意識しないといけないですね。

新しい出会いの機会を作り出したい、新規店舗に期待したこと

 先日、吉祥寺店にお伺いして、これまでのスポーツブランドの店舗とは違うなと感じました。「商品ではなく人」を意識して設計されたと聞いています。

鈴木様 店舗設計を考えるときもやはりセグメンテーションをします。そこでよく陥りがちなのは、「ランニングコーナー」のようにカテゴリーを分けてしまうこと。コーナーを作るとそのセグメントの人しかそのエリアに来なくなるので、新しい人に売りたくても売れなくなってしまいます。
吉祥寺の店舗は、ニューバランスブランドとしてのエリアは存在しますが、固定されたコーナーは作らないように設計しました。どのエリアに何が置いてあっても違和感がない、フラットな作りになっているので、ランニング用品を買いに来た人は探しにくいかもしれませんが、店内をなんとなく見回って「これは良さそう」と思う商品に出会ってほしい。そういう思想です。
お店に来る人の興味や関心は固定ではないし、季節によっても変わります。そこに「ランナー」とカテゴライズするとその人たちが欲しいものだけになるので、売り場が変わらない。それでは面白くないし、新しい人が来なくなってしまう。「人を中心に」というのはそういう意味です。
消費者が欲しいものは店舗に来るタイミングによって違うはずなので、逆に言うと欲しいと思うものを発見できるような売り場を、ビジュアルマーチャンダイジングで見せやすいようにしました。全体の雰囲気を変えずに、商品が入れ替わっていくことが不自然ではない、目的のものが見つからなくても、別の欲しいものに出会えるかもしれない。吉祥寺店にはそんなことを期待しています。

 ランニングシューズをビジネスシーンで履くことも本人次第という世の中になっています。どの分野でも「こうあるべき」というものが少なくなっていると思います。
駐車場を運営するパーク24さんのカーシェアリング「タイムズカー」では、借りられた車が移動していないケースがあったそうです。理由を調べてみると、借りた人はビジネスパーソンや学生で、仕事や勉強をするスペースとして車を使っていた。サービスの提供側でさえ使い方を固定して考えてしまっているという事例は、もしかすると多いのかもしれません。

鈴木様 スニーカーも元々はランニングシューズで、「スニーカー」を作ろうとしてできたものではないです。ブランドもしかりで、ネームバリューに注目しすぎると「ニューバランス」と「ナイキ」はどう違うのかを分析したときに、実際の消費者が見ている感覚とは違うのではないかと思うこともあります。
カテゴリーを固定するのは良くないと言い続けてきましたが、消費者側にもカテゴリーで見る意識はある。ただ、それは定義というよりはゆらぎがあると思います。一方でメーカーやブランドがカテゴリーにこだわりすぎると、パーク24さんのように固定概念から離れられなくなってしまう。新興のブランドが急に伸びるときは、マーケットへのアプローチで違う方法を取り入れていることも多いです。
スポーツ用品も実はそれほど大きなマーケットではなく、どちらかというとライフスタイルやファッションで日常使いできるものの方が市場は大きい。ですが、スポーツ用品が主軸の企業やブランドで、ライフスタイルカテゴリー内で拡大したという事例は少ない。最近の事例では、ワークマンさんがライフスタイルカテゴリー内で伸びをみせています。ワークマンの商品が日常使いできることを発見して、その意味を持たせてくれたのは実は「消費者」なのです。

後編に続きます。