マーケティングコラム

価値観が多様化する時代に企業は何を発信すべきか 大橋久美子氏が語るブランドづくりの新しいアプローチ(後編)

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デジタル時代だからこそ、人間らしい価値がこれからのブランドを輝かせる

企業のブランディングにおいて、体験価値の設計や価値観の変化への対応が重要性を増している。しかし、企業の意図とユーザーの実態との間にギャップが生じるケースも少なくない。そうした課題に対し、アーキタイプの活用や段階的なユーザー理解などの、効果的なアプローチが注目されている。デジタル化が進展する中でも、人間的なコミュニケーションの価値はむしろ高まりつつあり、企業には社会課題の解決への積極的な貢献も期待されているという。これからの時代に求められるブランディングの在り方について、引き続き株式会社Stories of Japanの代表、ブランドストラテジスト・大橋久美子氏に話を聞いた。

アーキタイプの活用で可視化する企業の価値

 現在、多くの企業から「体験価値をどう設計すべきか」という相談を受けますが、実際の取り組みを見ていると、企業の意図とユーザーの実態との間にギャップがあるケースが少なくありません。このあたりについて、大橋さんはどのようにお考えですか?

大橋様 本質的な課題は、多くの企業が自社の意図や理想を優先してしまい、実際のユーザー視点が欠けていることです。「こう使ってほしい」「このように行動してほしい」という企業側の期待が強すぎて、実際のユーザーの期待から外れてしまっているケースが多いように感じています。

 確かにその通りですね。私も企業の想定と実際の使われ方が大きく異なるケースをよく目にします。例えば、ある製品の主たる用途として企業が想定していたものが、実際にはユーザーにとって副次的な価値でしかなかったり、反対に企業があまり重視していなかった機能や特徴が、ユーザーにとって重要な価値となっていたりすることがあります。

大橋様 そうした課題に対する一つの解決策として、私はアーキタイプの活用を提案しています。アーキタイプとは、ブランドの個性を12の人格タイプに分類する手法です。先ほど、ブランドは具体から抽象に昇華させることが重要だと述べましたが、抽象化も行き過ぎてしまうと独自性がなくなってしまうと他との差別化ができなくなってしまいます。12のアーキタイプを使うことで、抽象的になりがちなブランドの価値を、抽象と具体のバランスの取れた状態で表現できます。

 社内での共通認識を形成する上でも効果的なツールですよね。私の経験でも、ブランドの方向性について議論する際、抽象的な言葉だけでは各自の解釈にズレが生じやすいのですが、アーキタイプという共通言語があることで、より建設的な議論ができるように思います。

大橋様 その通りです。例えば、ある不動産系の会社さんでは、このアーキタイプを刺激としながらブランドの価値を形成していき、「お客様にちょっとした奇跡のような幸せを提供したい」という思いを全社で共有することができました。今後の店舗開発にも生かされていくことになります。また、マッチングアプリのブランドでは、「魔術師」と「賢者」という2つのアーキタイプを組み合わせたブランド・パーソナリティが規定され、UXにも生かされていくものとなっています。

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ユーザーの声に耳を傾けることが企業の成長につながる

 体験価値を考える上で、やはりユーザー理解は欠かせません。例えば、私が行ったカメラユーザーの調査では、撮影という行為自体よりも、その後の画像加工や共有という体験に重きを置くユーザーが増えていることが分かってきました。こうした理解なしには、適切な体験設計はできないと考えています。大橋さんは本当の意味でのユーザー理解には、どのようなアプローチが効果的だとお考えでしょうか?

大橋様 私は必ず二段階の調査を実施することにしています。まずは、ロイヤルユーザーに対して深くインタビューを行い、彼らがどういう部分に魅力を感じているのか、どのような使い方をしているのかといった点を丁寧に理解していきます。そこで見えてきた要素を基に、次の段階として、より広い消費者層に調査を行い、ロイヤルユーザーの中にある要素が一般消費者にも響くかどうかを確認するのです。

 二段階で行うことの意義について、もう少し詳しくお聞かせいただけますか?

大橋様 このアプローチの重要なポイントは、ロイヤルユーザーの中にある、企業側が気づいていない価値を発見できることです。例えば、クライアントと一緒に調査を実施すると、「こんな使い方をしていたんですか」と驚かれることが多いです。しかし、時にはロイヤルユーザーにしか受け入れられないような要素もありますから、その見極めが重要になります。

 そうしたアプローチで得られた情報を、企業はどのように活用していくべきでしょうか。

大橋様 重要なのは得られた知見をいかに社内で共有し、共通言語として定着させるかということです。例えば、先ほどのアーキタイプの活用は、単にブランドの方向性を決めるだけでなく、その後の様々な活動の指針となり、ロゴタイプやタグライン、広告表現など、すべてに派生していきます。「このブランドはどういう存在でありたいのか」を全員で共有することで、ブランドの方向性について社内の共通認識が形成され、商品開発やコミュニケーション施策にも一貫性が生まれてくるのです。

一方通行から対話へ、デジタル時代に求められるブランドコミュニケーション

 デジタル化の進展に伴い、ブランドとユーザーの接点も大きく変化していますね。従来型の一方向的なコミュニケーションから、より双方向的な関係性が求められるようになっています。この変化については、どのようにお考えですか?

大橋様 以前は大規模なブランドキャンペーンを打って終わり、というのが一般的でした。しかし今は、アプリやSNSなどを通じて常にユーザーとつながり、継続的なコミュニケーションを図ることが可能になっています。また、消費者の声をリアルタイムで把握し、それに応えていくことも求められています。

 そうした中で、企業側の体制やマインドセットも変化が必要になってきていますよね。私が関わった企業でも、デジタルツールの導入は進んでいても、それを生かしきれていないケースをよく見かけます。

大橋様 重要なのは、デジタル化は手段であって目的ではないということです。むしろデジタル化が進むからこそ、人間的なコミュニケーションの価値がさらに高まっていると考えています。フィリップ・コトラーも指摘していますが、20世紀のマーケティングは大量生産・大量消費の中で、いかにして商品を大量に売るかが肝とされていました。しかし、これからはテクノロジーが発展したからこそ、反対に人間と人間の関係性に回帰していく、H2Hマーケティング(Human to Human Marketing)の時代となっていくでしょう。

 確かに、テクノロジーが発達すればするほど、逆説的に人間らしいコミュニケーションの価値が高まっているように感じます。例えば、SNSの普及によって形式的なやり取りは増えましたが、それゆえに本質的な対話の重要性が再認識されているように思います。

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社会課題の解決とブランド価値の創造、これからの企業に求められる新たな役割

 新しい技術や社会変化への対応も重要な課題だと思います。最近ではAIの進化も目覚ましく、マーケティングの現場でも活用が進んでいますが、このような変化に対して、企業はどのように向き合っていくべきでしょうか?

大橋様 AIなどの新技術は、ブランディングの在り方を大きく変えていくでしょう。例えば、顧客分析や業務の効率化は格段に進むはずです。それによって私たちが得られる時間は、より人間的なコミュニケーションに使うべきだと考えています。

 私も現場で感じるのですが、AIによってデータ分析が高度化する一方で、その解釈や活用にはより深い他者理解が必要になってきています。数値だけでは見えてこない、ユーザーの感性や価値観を理解することが、ますます重要になっているように思います。

大橋様 また、社会課題の解決に対する期待も高まっていますね。政府や制度への信頼が揺らぐ中、企業やブランドには大きな期待が寄せられています。特にグローバルな調査を見ると、「世の中を変えてくれるのは企業なのではないか」という意識が顕著に表れています。

堀 社会課題の解決という点で、企業の姿勢が問われる場面が増えていますね。以前は「良い製品を作ればいい」という考え方も通用しましたが、今は企業の存在意義そのものが問われる時代になっていると感じます。

大橋様 その通りです。フィリップ・コトラーが指摘するように、これからはH2Hマーケティングの時代です。単なる商品やサービスの提供者ではなく、社会の中で意味のある存在として認識されることが重要になってきます。

 まさに「人間らしさ」と「社会性」の両立が求められているわけですね。最後に、これからブランディングに取り組む企業へのアドバイスをいただけますでしょうか?

大橋様 これからのブランディングには二つの重要な側面があると考えています。一つはデジタル化への適切な対応です。AIなどの新技術を効果的に活用しながら、むしろそれを通じて人間らしさを引き出していく。もう一つは、社会課題の解決への積極的な貢献です。この二つの要素をうまく組み合わせることが、これからのブランディングの鍵となるでしょう。

ブランディングの本質は、結局のところ人と人とのつながりにあります。デジタル化が進み、コミュニケーション手段が多様化する中でも、この原点を見失わずに、自社らしい方法で社会に貢献していく。それが、これからの時代に求められるブランディングの在り方だと思います。

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株式会社Stories of Japan
代表取締役
大橋 久美子
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博報堂、J. Walter Thompson、LIFULLを経て、ブランド戦略のサポートをするブランドストラテジストとして2020年独立。ジェンダーとブランディングや、日本企業のグローバルブランディングを得意とする。
J. Walter Thompson(JWT)においては、外資系企業でブランドによりビジネスを成長させる経験を積むとともに、日本企業のブランド力強化のためのブランディングモデル“Brand Nurturing”を開発し、日本のメジャークライアントに導入。
女性エンパワメントの活動により、2019年campaign Asia誌 Women leading change Vision leader部門のシルバーを獲得。
宣伝会議・JARO等でジェンダーやブランディングに関する講演多数。
東京大学文学部卒、中央大学MBA修了。文教大学非常勤講師(ブランド論)。

 

株式会社クロス・マーケティング
インサイトコンサルティンググループ シニアコンサルタント
堀  好伸
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生活者のインサイトを得るための共創コミュニティのデザイン・運営を主たる領域とする生活者と企業を結ぶファシリテーターとして活動。生活者からのインサイトを活用したアイディエーションを行い様々な企業の戦略マーケティング業務に携わる。
「若者」や「シミュレーション消費」を主なテーマに社内外でセミナー講演の他、TV、新聞などメディアでも解説する。
著書に「若者はなぜモノを買わないのか」(青春出版社)、最近のメディア出演「首都圏情報 ネタドリ!」(NNK総合)、「プロのプロセスーアンケートの作り方」(Eテレ)

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