マーケティングコラム
ダイナミック・プライシングとは?注意点や成功事例を解説
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アイリスプランナー代表取締役
外資系ブランドで27年のマーケティングの経験からマーケティング専門の経営コンサルタントとして、
中小企業250社以上の経営戦略・マーケティング支援・オンラインビジネス化をサポート
ダイナミック・プライシングとは、需要の変化に応じてチケット価格などを変更して販売することです。最近、ニュースやネットでもよく聞くようになり、スポーツの観戦チケットやホテルの予約で体験したという方も多いのではないでしょうか? 今回は、ダイナミック・プライシングを実際に企業で運用する場合のメリットやデメリット、注意点などを解説します。
奥野 美代子
ダイナミック・プライシングとは
ダイナミック・プライシングは、商品・サービスの価格を一律に設定するのではなく、需要の高いときに高く、低いときに低くする変動料金設定です。ホテルや旅行業界では、昔から土日やゴールデンウィーク、お盆など繁忙期の価格は高く、閑散期や平日の価格は低く設定されていましたが、これもダイナミック・プライシングのひとつです。他にスポーツの観戦チケットなどでも活用されています。従来のダイナミック・プライシングは、ベテランの社員が過去の実績をもとに勘と経験で決めていましたが、最近では過去の販売実績データなどをもとに、人工知能(AI)によって収益最大化が見込める最適価格を自動計算するシステムが開発され、より精度の高い価格設定が可能となっています。
ダイナミック・プライシングのメリット
ダイナミック・プライシングを導入することで、企業にどのようなメリットがあるのかについて解説します。収益の最大化
企業側のメリットは、一律の価格ですべての消費者に提供する場合に比べて、収益を最大化できることです。繁忙期は価格が高くても買いたい消費者が多く、逆に閑散期になると、繁忙期と同じ価格ではなかなか売れません。需要の高い時期は高価格で販売して利益を獲得し、需要の低い時期は価格を下げて売ることで在庫や廃棄ロスを減らすことができます。売れ残りを在庫にすることができない旅行やイベントなどのサービス業にとっては大きなメリットです。不良在庫の削減
もうひとつのメリットは、不良在庫を削減できることです。需要が少ない時でも、消費者の中には低価格なら買うという人がいます。例えば、航空機やホテルは閑散期でも利用客がいる限りサービスを提供しなければなりませんが、低価格で販売することで空席のまま売り逃すことが減り、売上を確保することができます。ダイナミック・プライシングでは、繁忙期と閑散期の需要を平準化できるので遊休期間が発生しにくく、施設・設備や人的資産を有効に活用できます。
ダイナミック・プライシングのデメリット
ダイナミック・プライシングはメリットだけでなく、デメリットもあるので注意が必要です。価格変動によるユーザー離れ
一番のデメリットは、価格変動に不安を感じたユーザーが離れてしまうリスクがあることです。消費者の中には、同じ商品・サービスが時期によって価格が変わることに納得できない人がいます。欲しいタイミングでは高くて買えないとなると、「高額所得者しか利用できない」と反感をもたれる可能性もあります。
さらに、時期によって価格が上下するので購入時期を図っているうちに購入意欲を失う、購入後にすぐ価格が下がったことによって販売元企業に不満を感じるというケースも珍しくありません。
高額な初期コスト
もうひとつのデメリットは、高額な初期コストがかかることです。これまではベテラン社員が過去のデータをもとに勘と経験で価格を決めていたのが、最近ではAIやディープラーニングを使った精度の高いダイナミック・プライシングに変更した、という会社も増えています。AIを使った専用システムの開発には費用はもちろん、データ収集や分析に時間がかかりますが、高額な初期コストを投資しても利益として回収できるかどうかわからないリスクもあります。
ダイナミック・プライシングのアルゴリズム3つ
ダイナミック・プライシングで需給に合わせた最適価格を設定するためのアルゴリズムは、大きく分けて3つあります。自動化
一定のルールに従って社員が行っていた価格設定の作業を自動化する仕組みを作る方法です。ダイナミック・プライシングでは、需要の変動を予測し、収益を最大化するために専用ツールを使うことがありますが、自動化ではツールを用いた予測は行わず、以下の2つの方法で価格を決定します。1.競合価格を監視し、その変化に対して価格を変える
2.在庫数に応じて価格を自動変更する
1の場合は、監視する競合価格に対して、例えば常に100円安い価格になるよう自動変更します。
2の場合は、在庫が多いときは価格を安く、少ないときは高くするなどのルールを作り、価格を自動変更します。主にホテルや飛行機、スポーツ観戦などのサービスで利用されてきたアルゴリズムです。
機械学習
機械学習は、最近のダイナミック・プライシングで主流とされるアルゴリズムです。需要予測をルールで決めるのではなく、機械学習したコンピューターが数理・統計をもとに予測を行います。例えば、EC小売ツールでは、需要に影響を与える天気や近隣イベントの有無、曜日などの変数をもとにコンピューターが需要予測を行い、それをもとに価格を決めます。機械学習を用いたダイナミック・プライシングは、スポーツ観戦やアーティストのライブのチケットなど、需要変動が激しい業界で効果を発揮します。
強化学習
強化学習は、予測した需要を元に価格変更するのではなく、AIが特定の状態(天気など需要と価格に影響する変数の特定の値)で収益最大化を達成するための選択肢を導き出してくれる方法です。ただし、AIが強化学習で最適な価格を提案できるようになるまでに、大量のデータと試行錯誤の時間が必要です。また、AIが強化学習した結果、企業側が価格を変動させたプロセスや根拠を把握できず、ブラックボックス化してしまうリスクもあります。
過度な価格変動は企業イメージを下げる
ダイナミック・プライシングは、タイミングによっては低価格で利用でき、お得感が得られることから消費者にも歓迎される一方、過度な価格変動が目立ってしまうと消費者から不信感を抱かれ、企業イメージを下げる恐れがあります。特に小売サービスなど、全国一律の価格設定になじんでいる業界ではダイナミック・プライシングを導入する理由を消費者に納得できるように伝えなければなりません。ダイナミック・プライシングが消費者に受け入れられている業界としては、航空業界があります。消費者に対して、残席数に合わせて価格決定する必要性を正しく伝えられているために、企業イメージを下げることなくダイナミック・プライシングを活用できています。
ダイナミック・プライシングの事例
では、実際にダイナミック・プライシングを導入した企業やサービスの事例を紹介します。ローソン
ローソンでは、ダイナミック・プライシングを利用した食品ロス削減の実証実験を行いました。消費・賞味期限が近い商品に電子タグをつけ、購入した消費者に対し、次の購入などに使用できるLINEポイントを付与し、実質的に値引きされるという仕組みです。参照:
株式会社ローソン「<参考資料>電子タグを用いた情報共有システムの実験」
https://www.lawson.co.jp/company/news/detail/1362917_2504.html
ユニバーサル・スタジオ・ジャパン
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンでは、繁忙期と閑散期に入場チケットの価格差をつけ、繁忙期の入場者数を減らし、閑散期の入場者数を増やすことに成功しています。長年の問題だった混雑緩和に成功し、顧客満足度も上がりました。参照:
合同会社ユー・エス・ジェイ「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン、ゲストの多様なニーズへの対応と繁閑差の平準化、パーク体験価値の向上を目的に、チケット価格体系を刷新」
https://www.usj.co.jp/company/news/2018/0927.html
Amazon
Amazonは、商品の需要、顧客の購入意思の有無、競合の価格などをもとに、商品価格を自動変動させています。需要に応じて何度も価格変更する仕組みで一日に250万回以上の価格調整を行い、利益最大化を図っているのです。参照:
Amazonセラーセントラル「価格の自動設定」
https://sellercentral.amazon.co.jp/gp/help/external/help.html?itemID=201994820&language=ja_JP&ref=efph_201994820_relt_STH6YN3BR8XNWBW
米国メジャーリーグ
米国メジャーリーグでは「シーズンチケット購入客」の優遇策としてダイナミック・プライシングを導入しています。人気ゲームでも「シーズンチケット購入客」は価格高騰の心配なく、席を確保できるのです。ダイナミック・プライシングに則れば、人気ゲームのチケットは高く、消化試合では安くなりますが、価格が下がる可能性があると値下げを待って買い控えが起こる恐れがあります。そのため、メジャーリーグでは「シーズンチケット購入客」優遇に加えて試合日が近づくにつれてチケット価格を少しずつ上げていくという価格変動を採用し、早く売り切るための仕組みを構築しています。
参照:
TicketSmarter「MLBチケット」
https://www.ticketsmarter.com/sports/baseball/professional-mlb