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「リカバリーウェア」という価値を生み出したベネクス第1回 介護業界から生まれた“休む”スポーツウェア
公開日:
株式会社ベネクス
代表取締役
中村 太一
私たちは疲労の「回復」に着目し、身につけることでそれを助ける「リカバリーウェア」の製造・販売を行っています。それまで世の中になかった価値を生み出し、新たな市場を創造しました。この3回のコラムでは、私たちの商品がどのようにして生まれ、いかにたくさんの人の支持を得るにいたったかをお話しさせていただきます。
ルーツは介護、床ずれ防止用のマットレスからはじまった
私たちは疲労の「回復」に着目し、身につけることでそれを助ける「リカバリーウェア」の製造・販売を行っています。それまで世の中になかった価値を生み出し、新たな市場を創造しました。この3回のコラムでは、私たちの商品がどのようにして生まれ、いかにたくさんの人の支持を得るにいたったかをお話しさせていただきます。現在のリカバリーという価値にたどり着いたのは、かつて私がいた介護業界での経験からきています。今でこそ介護の世界にも民間事業者が参入し、多様なサービスが展開されていますが、私がいたころはまだそのニーズが顕在化していませんでした。
現場で感じたニーズのひとつが床ずれへの対策です。床ずれは身体が思うように動かせない高齢者にとっては、大きな問題です。ヘルパーも床ずれを防ぐために寝返りを補助し、シーツのしわが血行に影響を及ぼすので、こまめなベッドメイキングも必要になります。しかし、当時は少数のヘルパーが多くの担当を受け持つなかで、わかってはいても全ての要介護者に丁寧な対応ができないのが現実でした。
人の手をかけずに床ずれへのケアを解決につなげることができる商品があれば、ビジネスになると考えました。そのアプローチを考えたときに、身体の外の環境を整える方法と、身体の中を正しい状態に近づけるというふたつの選択肢がありました。前者は寝たときの身体の接地面への負担を軽減する体圧分散マットレスなどになりますが、そもそも高齢の方が床ずれになるのは代謝が落ち、血行が悪くなりやすいことが原因です。ならば、代謝や血行を改善する方が、より根本的な解決策になるのではと考え、身体の中へのアプローチを選択しました。
身体を刺激して、代謝や血行を良くするためのものとして開発したのがPHT(Platinum Harmonized Technology)という繊維です。繊維は介護の現場でも抗菌や防臭などの機能性素材が活用されており、機能性の繊維を使えば私たちが求める効果にも対応できるのではと考え、この繊維を使ったマットレスを開発しました。PHTのマットレスで寝ることで、代謝や血行に作用し、床ずれが起きにくい身体になるというものです。
スポーツ関係者との出会いが回復への転換につながった
PHTは各種研究機関の裏付けもあり、機能や効果に問題はありません。ただ、私たちが開発したマットレスは、介護施設にとっては高価で、一気に何台も導入するには負担が大きいという事情もあり、全く売れていませんでした。なんとか販売を伸ばしたいと考えていたときに、商品バリエーションとしてPHT繊維を使った介護士向けのTシャツを試作しました。離職率が高く、肉体的に厳しい仕事である介護士の身体の調子を整える助けになればと考えたからで、当時はまだ回復という狙いは持っていませんでした。とある展示会でこのTシャツを参考商品として置いていたところ、フィットネス・スポーツジムのゴールドジムの方が興味を示してくれました。後日、あらためて話をしたところ、スポーツの世界でもトレーニング効果を発揮するためには休養と回復が大事だということがわかりました。
介護よりも、スポーツ界にチャンスがあるのではないかと感じ、開発を担当している役員をスポーツ科学が進んでいるオーストラリアへ視察に行かせました。オーストラリアは2000万人ほどの人口ですが、人口に比例してメダル獲得数が上がると言われるオリンピックで、多数のメダルを獲得しています。そのひとつの理由が、国立スポーツ研究所(オーストラリアン・インスティテュート・オブ・スポーツ/AIS)の存在です。
ここにある回復を研究するリカバリーセンターを視察し、スポーツにおける重要なポイントとして、運動と栄養、休養が大事であることを確認しました。また、運動と栄養については重要性が広く知られており、科学的検証も進んでいるため、世界的に差をつけにくいこと、休養についての研究はまだこれからだということも知ることができました。もちろん、回復用の衣類については、現地の研究者も聞いたことがないという話だったので、スポーツのリカバリーを主なターゲットとすることに決め、「リカバリーウェア」という市場を作っていくことになりました。
PHTという機能がある素材を持ち、それを使った商品はすでにあったため、私たちのマーケティングは商品ありきのところがあります。そのため、スポーツの世界に進出を決めたときにも、市場や消費者のニーズを調査することはしていませんでした。商品の開発や改善は、ユーザーが実際に着用して感じたことを反映しています。
次回は、ユーザーの声を反映した商品開発についてお話しします。