Future Marketing
【後編】移動の新たな価値を表現することを目指す「Frog」
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「より自由で活発に移動できる未来を実現し、人々の“移動総量”を増やすために世の中の“一歩先”を創っていく。」をビジョンにプロジェクトを進める「TOYOTA未来プロジェクト室」。現在は、OPEN ROAD PROJECT2.0という枠組みの中で「Frog」というプロジェクトも進行中だ。2019年に渋谷区初台で住民や行政とともにプロトタイピングを実施し、まちに溶け込む新しいモビリティを模索する「Frog」について、未来プロジェクト室 イノベーショングループの陶山和夫氏と村上拓也氏に聞いた。
生活者との対話で知る「静かさ」の意味
堀:「Frog」ではどのような未来をイメージして開発されているのでしょうか。陶山:「モビリティ」という言葉を考えるとき、「速さ」だけが価値なのかという課題がありました。現代は、何かと効率を考えがちで、生活全般もそうですが、全てに最適解を求め、予定調和を求める傾向にあります。ですが、そういう環境になってしまうと、人の感性は、その人の知っている世界の外に広がらなくなる、予定調和の枠の中で閉じてしまいます。
本来、新しい発見や、それまで縁のなかったものごととの思いがけない出会いが人生を豊かにするのではないか。そう考えたときに、速さだけではない、人の歩行速度くらいの乗り物があってもいい、それが新しい価値を生み出せるのではないかだろうというところからスタートしています。
子どもでも安心して乗れる、相乗り式低速モビリティ「Frog」
陶山:「Frog」だけでなく、未来プロジェクト室のアプローチは、従来のようなメーカーが何か企画して作って売る、という枠組みではありません。自治体やその地域住民や商店街の方々と一緒に、日々の暮らしのなかで求められているものは何か、対話から掘り起こしていこうという、従来とは違うアプローチです。世の中では、もしかしたら既に当たり前かもしれませんが、私たちにとっては新しいチャレンジになっています。
村上:2018年度「Frog」プロトタイピングでは、渋谷区初台の住民の方や行政の方を交えて、幾度もワークショップを開催してきました。そのセッションを通じて、私たちが想像していないような日常の暮らしにおいて地域の方が抱える課題や悩みが見えてきました。
陶山:例えば、住民の方が「静かに暮らしたい」とおっしゃる。ですが、実はその静かさとは「騒音が何dB以下」という話ではない。メーカー目線では「スマートな…」という話になりがちですが、住民はテクノロジーによって一律なつながりを持ちたいわけではないのです。特に会話しないまでも、なんとなく顔を見るとご近所さんだと知っている安心感、それが住民の方の語る「静かな暮らし」だったりするわけです。対話によって「静かさ」の意味が理解できた、これは今までの私たちにはなかった経験です。
クルマは長年乗っていただいているお客様がいらっしゃるので、ある程度、ニーズは分かります。ですが、生活とはそれぞれのリアルな日常の連続であって、ニーズは多様です。そうした世界で私たちが何を提供できるのか、企画を考える視点も従来とは違うものが求められる。そこへの正解はそう簡単にたどり着けないし、正解もないかもしれない。でもまずは自分たちの手で「小さく、クイックに」試すことを大切に日々トライしているところです。
村上:決してこれまでのトヨタが生活者視点ではなかったというわけではないと思うのですが、定量、定性調査から出てくる“消費者”が何を考え、求めているかというパーセンテージの情報だけではない、もっと身近で小さなニーズを知ることができた気がしております。
「Frog」では生活者視点にこだわって開発を進めている
陶山:私たちもマスプロダクトの世界にいますが、家族のあり方も多様化していますし、夜みんなが同じテレビ番組を見る時代でもありません。個々に趣味に合った動画をスマートフォンで見て、ソーシャルメディアで会話する時代です。「OPEN ROAD PRJECT2.0」では、そうした時代の価値の提供の仕方も試していきたいと考えています。
移動の楽しさを発信していかなければという危機感が気づきを生み出した
堀:「Frog」のゴールはどこにあるのでしょうか。陶山:私たちが模索する未来は、常に10年くらい先を考えようとしています。今は2030年としていますが、もう少しすれば2040年という風に進んでいくでしょう。「Frog」に限らず、それぞれのプロジェクトを通じ、「未来は予測するモノではなく、自分たちで作っていく」という考え方なので、一人ひとりが日々感じ、変化しつづけることが大事になってくる。ゴールの明確化は難しいかもしれないですね。色々な人と接するなかで未来を切り開いていく室全体の大きな取り組みの中に「Frog」があるということです。
村上:「Frog」は「まちに溶け込むモビリティ」という大きな枠組みを思い描いてきました。ただ、プロトタイピングを含めてこの半年間の活動から、このコンセプトに縛られ過ぎなくてもいいのではないかと思いはじめて、練り直しているところです。
プロトタイピングや地域住民の方との対話などから見えてきた、「顔がちょっと見える」「話しかけなくてもなんとなく顔が見える」ということは安心安全な暮らしを送るうえで非常に重要なエッセンスなのだと気づきました。そこで、気軽に相乗りができるモビリティを「Frog」で提供できれば、日常生活のなかで顔が見える環境を提供できるのではないか、そんなことも含めて、ゴールもあらためて考えていきたいですね。
陶山:まちに溶け込む、まちづくりに参加すると我々もよく言いますが、「まちづくり」という言葉自体がおこがましいのではないか…という議論もしています。まちは、そこに住む人が世代を超えて積み重ねる中で次第に形づくられていくものです。そこに「Frog」なり「OPEN ROAD PROJECT2.0」は側面的に微力ながら貢献できないか、と考えることなのかもしれません。
陶山:例えば移動エリアも狭い範囲においては、ちょっとした寄り道で小さな変化に気づき、日常がちょっと豊かになる。体験価値としても、これまでの長距離・高速移動とは違うものが提供できるのではないか、と。
数年前、ARやVRが実用化されはじめて、これからはヴァーチャルで全て事足りる、極論すると、家にいながら身体を一切動かさずにあらゆる体験ができるようになると、未来はディストピアになるのだろうか?と未来プロジェクト室内で喧々諤々の議論をしていた時期もありました。
その議論を通じて見出したのは、移動の楽しさを、我々が創って発信していかなければ、ということです。その議論を経て、今がある。当時、考えていたのは、A地点からB地点へ、という移動もありますが、例えばA地点からA地点へ戻るだけの移動にも価値があるという視点の持ち方です。
長期入院している人がいる。家族が面会に来たときにクルマに乗せてもらって街を少し走って、再び病室へ戻ってくる。毎日病室の天井を見て過ごす入院生活の日々では、クルマに乗っている間に外の景色を見て、買い物や子育てする人を眺めるだけで、日常とのつながりを感じられる。病室から病室へ戻るだけの移動にも大きな価値があることもある。モビリティという言葉には、我々がまだ取りだせていない、豊かな意味が内包されていると思います。
堀:そこで生まれるもので消費者に新しい気づきを与えられると素晴らしいと思います。とはいえ、まだ「モビリティ」というと移動でしょう、速さでしょうという意識もあると思います。
陶山:社会への発信の仕方は大事だと思います。社内的には「クルマ」を「モビリティ」と言い換えることは大変大きな変化ですが、社会的には「結局クルマでしょ」という認識ギャップは意識しなければならないと思っています。
プロジェクトを通じて、最終的にどこかで実用化され、人々の暮らしが豊かになる、これからもそのタネを見つけて、価値を創出し、豊かな社会づくりに、微力ながらも貢献できればと考えています。
取材後記「インサイトスコープ」
天野さんをはじめ、TOYOTA未来プロジェクト室の方々はモビリティサービスを自分ごととして考えられる未来を熱く語ってくださいました。企業がつくる未来像はしばしお客様の未来を考えることが多いですが、今回の3名から伺ったお話から感じたことは自分たちの未来を創るといった当事者意識です。自分たちの創り出す未来がお客様を幸せにすること。新しいモビリティサービスのある生活はどんな社会なのか、これからも小さくクイックな挑戦に期待します。堀 好伸(株式会社クロス・マーケティンググループ)
トヨタ自動車株式会社
未来プロジェクト室 主任
陶山 和夫
トヨタ自動車株式会社
未来プロジェクト室
村上 拓也
株式会社クロス・マーケティンググループ
リサーチ・コンサルティング部 コンサルティンググループ コンサルティングディレクター
堀 好伸
<プロフィール>
生活者のインサイトを得るための共創コミュニティのデザイン・運営を主たる領域とする生活者と企業を結ぶファシリテーターとして活動。生活者からのインサイトを活用したアイディエーションを行い様々な企業の戦略マーケティング業務に携わる。「若者」や「シミュレーション消費」を主なテーマに社内外でセミナー講演の他、TV、新聞などメディアでも解説する。著書に「若者はなぜモノを買わないのか」(青春出版社)、最近のメディア出演「首都圏情報 ネタドリ!」(NNK総合)、「プロのプロセスーアンケートの作り方」(Eテレ)