デジタル時代にアナログカメラが世界中の若者から支持されるわけ 高井隆一郎の洞察力(前編)
写真右)弊社 コンサルティング本部 インサイトコンサルティング部 コンサルティングディレクター 堀
グローバルでプロモーションを統一し、強いブランドづくりに取り組む
1998年に発売を開始した富士フイルムのインスタントカメラ「INSTAX/チェキ」は、誕生以来若者世代の支持を集め続けている。デジタル化や携帯電話のカメラ機能の登場など、テクノロジーの進化や社会環境の変化を受けてなお、人々の心を掴み続けているのはなぜなのか。富士フイルムの高井隆一郎氏に伺いました。
富士フイルム株式会社
高井隆一郎様
2001年入社。2009年からの8年間はドイツに駐在。帰国後、INSTAX/チェキブランドの商品企画とグローバルプロモーションを担当し、2021年から現職
キーワードは「反動」INSTAX/チェキが若者に受ける理由
堀 「INSTAX」ブランドは、日本では「チェキ」の愛称で誕生以来、主に若者の支持を受け続けてきたと考えています。この「若者」という存在も時代とともに変化していると感じていますか。
高井様 若者の性質は時代とともに変わっていると思います。当社が「チェキ」を発売したのは1998年のことで、当時はビフォーデジタル、つまりデジタル化される前。「チェキ」は写真が撮れて、その場で写真がすぐにプリントされる技術的な価値に焦点をあてて販売していました。
社会的な流れとして、若者に限らず、この頃の情報収集はまだ新聞やテレビからの能動的なものが主流で、写真もフィルムカメラ、若者は「写ルンです」を使用していました。2000年代に入るとIT革命もあり、急速にデジタル化が進みます。インターネットが普及し、デジタルカメラが普及すると一気に撮影枚数が増えました。ただ、撮った写真はパソコンで確認してプリントしていたので、「プリント」という行為はまだ残っていました。一方で「撮影」という行為は、インスタントカメラからカメラ付ケータイに移行したため、一時的にINSTAXは低迷しました。
2007年以降、再びINSTAXは回復傾向に入ります。スマートフォンが普及したことで、写真撮影も情報収集もスマホで行うようになり、さらにSNSで人との繋がりを深めることもできるようになりました。この辺りからスマホとは異なるチェキの存在感が徐々に増し、ユーザー層は一気に若者中心となっていきます。大きな流れとして、こうしたデジタル化の変化がある種の情報過多の状況を生み出し、効率化を意識した「タイパ」という言葉が誕生する現在につながっていると考えています。
私たち企業側も、消費者を分析し、ターゲティングすることで、自分たちが欲しい情報に関してはとても詳しくなっていますが、偏りもある状態です。このような前提を踏まえた上で、私がINSTAXを担当する中で重要視しているキーワードは「反動」です。大きな流行の波やブームが起きると、必ずその反動があります。SNSでも、多くの人が「いいね」などのリアクションを欲しながら、次第に疲れてしまいアカウントに鍵をかけるようになってしまう、これも反動です。スマホでいつでも簡単に写真を撮れるようになったからこそ、反動としてインスタントカメラの手間に価値を感じるのだと思います。
INSTAXブランドの価値は全世界で共通
堀 写真という存在の価値も、思い出を記録するためのものから、今はコミュニケーションツールとして関係を生み出すものへと変化しているように感じます。
高井様 そうですね。フィルムカメラや初期のデジタルカメラの時代は、多くの方は思い出をアルバムに整理し残すことを考えながら撮っていたと思います。今の写真はとりあえず撮るような感覚です。
過去とスマホ時代の大きな違いのひとつは、撮影者の年齢が大きく下がったことです。昔は写真を撮ることは、親の仕事というイメージでしたが、現在は早い人では小学校の高学年から、一般的には中学生からスマホを使い始めます。この年代はスマホを電話として使うよりも、写真を撮るために使う方が多い。つまり、写真撮影という行為がかなり身近な世代と言えます。撮る理由も、アルバムに残すためというよりも、その日の出来事を友達と送り合ったり、SNSに投稿したりする、コミュニケーションツールとして捉えているのだと思います。
堀 INSTAXは世界的に展開されていますが、使用実態や意識は世界で共通するものなのでしょうか。
高井様 海外ではINSTAXを肩掛けで持つ人が多いのですが、日本ではそれほど見かけない、というカメラの持ち方に違いがあります。また、エントリーモデルの「INSTAX mini 12」は、日本では小学生くらいから、スマホ以前の初めてのカメラとして持っているのに対して、海外では中高生からという年齢層の違いも見受けられます。
堀 日本でINSTAXシリーズの使用者の年齢層が低くなっているのは、親世代がスマホで撮っているのを見ているからなのでしょうか。
高井様 それはあると思います。チェキは撮った写真がその場でプリントされること自体が楽しい。価格だけでなく使いやすさでも、親としては買い与えやすいこともポイントだと思います。一方で、性別や年齢でアナログカメラやハイブリッドカメラなどの好みに違いはありますが、INSTAXブランドを使う理由や選ぶポイントの本質的なところでは海外も日本も同じです。
堀 その本質的なところが何かについて、お話いただけますか。
高井様 私たちはブランドに対する調査をさまざまな手法で行なっています。例えばINSTAXのどこが好きか、スマホがあるにも関わらず所有するのはなぜかといった質問項目でインタビュー調査を行うと、深層心理にある意識はどこの国でも基本は同じです。
それは、みなさんスマホにたくさん写真を保存しているものの、その一枚一枚全ての写真に深い意味を感じていないこと、INSTAXでプリントするものは選りすぐりの一枚、特別な意味のある一枚にしようとする、といった感覚は世界的に共通しています。
世界で足並みを揃えるためには地道に成功体験を積み重ねるしかない
堀 2018年にはグローバルでプロモーションを統一されました。その理由や狙いを教えていただけますか。
高井様 私は2017年までドイツに駐在していました。そのときにヨーロッパ各国をはじめ、世界のINSTAXブランドのプロモーションが統一されていないことに気づきました。ドイツ、フランス、イギリスの国によってメッセージや打ち出し方が違うので、ブランドや製品に対するイメージも違う。そうなるとテレビCMなどの広告と店頭にもつながりが生まれません。「INSTAX」というブランドはまだまだ強くないと感じたことが統一を意識したきっかけです。
そこで「強いブランド」とはどのようなものか、他業種も含めて研究をしました。世界的に名前が知られているブランドは、イメージやメッセージに一貫性があることがわかり、私たちもマーケティングを一から見直しを行いました。まず初めにZ世代女性をターゲットとして深堀りをし、かなり詳細にペルソナを設定しました。そのペルソナをもとに、ターゲットに向けてブランドや商品企画、価格を決定するなど、2018年から2019年にかけて世界共通のガイドラインを作成しました。大きな目標に向かうときに、一貫性を持つことができるように設定したブランドのタグライン「don’t just take, give.」、日本語では「とるだけじゃない、あげたいから。」もターゲットの深層心理に刺さるINSTAXブランドの価値を表現するメッセージとして徹底的に考えました。
ガイドラインを作ることで、施策の質をグローバルで一定に保つことができます。元々うまくいっていたところは、ブランド強化を推進できますし、そうではないところは水準を引き上げることが可能です。ガイドライン浸透には時間がかかりましたし、まだ全ての国で実現できているわけではありませんが、メッセージを統一したことによりブランドが強化されたと感じています。また外部の企業からコラボレーションの提案が増えていることからもブランドが強くなってきていると実感しています。
堀 意識を揃えるときには、マーケティングやプロモーションに携わる人だけではなくセールスの意識改革も必要になると思います。貴社には販売会社がありますが、どのように意識を変えていったのでしょうか。
高井様 何が得られるのかがわからない状態で、ブランディングにより各国の足並みを揃えることは簡単ではありませんでした。まずは賛同してくれる仲間を世界各国で作ることからはじめました。その先はとことん説明して回るしかありませんでした。
一番大変だったことは、国によって文化が違うので統一したプロモーションは機能しないという先入観です。これは結果を出すしかなく、成功事例を積み重ねて説明してきました。
販売会社もやはり最初はブランディングに対しては難色を示していたので、理解を促進するためにブランディングの講座を取り入れました。マーケティングの人間はある程度基礎知識を持っていますが、販売部門はそうではありません。そこでブランディングの狙いや効果を知ってもらう時間を作りました。理解できると行動へ移すハードルは少し下がりますが、実際はやはり結果が全てなので売り上げが伸びることが、意識変革においては最大の力を持っています。
堀 他社のブランドを研究されたとのことですが、目標にしたブランドはあったのでしょうか。
高井様 Appleはすごいと思いました。店舗のデザインやテレビCMのクリエイティブを見ても、世界で統一されていますし、究極のブランドパワーを持っているのではないかと感じます。制作物を世界で共通化することは投資対効果も抜群です。
ただ、Appleと全く同じことをしようというわけではなく、Appleが行ってきたことを指標に、INSTAXブランドでは何をすればいいのかを考える貴重な参考書のような存在として考えています。