25年かけてたどり着いた、学術書ではない実務家ならではの「ブランド論」とは 片山義丈の洞察力(前編)
写真左)弊社 コンサルティング本部 インサイトコンサルティング部 コンサルティングディレクター 堀
個人により解釈の違う「ブランド」を、どれだけ正しく定義をするか
スニーカー市場で存在感を発揮するニューバランス。近年は「アスレジャー」ブームなどで「スポーツ」がカバーする市場は拡大傾向にある。そうした市場において、これからのニューバランスは何を目指していくのか、前回に引き続き、鈴木健氏にお話を伺います。
ダイキン工業株式会社
片山義丈様
1988年入社。2007年より現職。統合型マーケティングコミュニケーションにより企業や商品のブランド構築、広告メディアの購入およびグローバルグループWEBサイト統括を担当する。入社以来一貫して広報・宣伝を担当し、ルームエアコンのブランド「うるるとさらら」立ち上げやブランドキャラクター「ぴちょんくん」のブームにも携わってきた。2021年に「実務家ブランド論」を出版。
機能的価値から情緒的な価値へ。市場の変化がブランドの重要性を高めた
堀 片山さんの著書「実務家ブランド論」を読ませていただきました。長年、ブランディングに携わり「うるるとさらら」という成功体験もお持ちです。あらためて、片山さんにとって「ブランド」はなぜ重要なのでしょうか。
片山様 「ブランド」という言葉は漠然としています。ただ、現代は世の中にいろんな価値があるなかで、ブランドというものが非常に重要になっています。かつては機能が優れた商品やサービスが登場し、その機能的な価値だけで売れる時代でした。現代のように技術が先進化し、個人の好みも多様化してくると、最終的には情緒的な価値(ブランド)によってお客様が行動するようになり、結果的にブランドの重要性が高まったと考えています。
堀 機能的価値から情緒的価値へというブランドの変化は、なぜ起きたのでしょうか。
片山様 日本企業のエアコンを買えば、どこの企業のエアコンも機能の違いはほとんど認識できません。テレビのバラエティー番組のように「このエアコンの風はダイキンだ」と見極めることはできないと思います。
仮にすごい技術革新を起こし、電気代が従来の1万分の1になるようなエアコンが登場すればブランドとは関係なく売れるはずですが、それは難しい。お客様は、機能が変わらないのであれば、ほかの選択理由を探すようになります。それがメーカーへの印象やデザインなど、情緒的なものであり購入決定への影響力が増したという流れです。
ただ気を付けないといけないことは、ブランドに関わる人たちの中から、情緒的な価値さえあればいいと言う人が出てきます。現実にはしっかりとした商品やサービスを前提として、その価値を正しく理解してもらうために情緒的な価値を高めなければならない。機能と情緒の足し算の合計が勝敗を分けるので、いくら情緒的な価値で取り繕っても機能的な価値がなければ、一度くらいはうまくいっても継続した売り上げつながりません。機能と情緒の両方を高めることが非常に必要です。
ブランドとは妄想である。その考えに至った理由
堀 なぜ、「ブランドは妄想」と定義されたのでしょうか。
片山様 「ブランド」という言葉はすごく都合のいい言葉です。みんなが口にするものの、それを言語化して説明することは難しく、できたとしても人によって違います。実際に、ある著名企業のブランド担当の部門の方と話をしたときに、室長と課長で定義が違っていたこともあったくらいです。
ブランドをつくるときには、「ブランド」が何なのかを関係者の間で正しく定義されていないといけない。定義ができていないのは、サッカーで例えるとゴールがたくさんあり、それぞれが自分の思うゴールに向かってシュートを打つような状態です。定義が大事なのに、あいまいなまま進めていることが実に多いのです。
「ブランド」というと思い浮かぶのはルイヴィトンやスターバックスのような嗜好品のかっこいいイメージです。そのため、ブランドを作ろうとすると、「ウチの商品はルイヴィトンのようなものではありません」、「スターバックスやアップルみたいになれるといいですね」と考えてしまいます。当然ながらほとんどの企業はルイヴィトンやスターバックス、アップルにはなれません。この定義のあいまいさと人によって解釈が違うことが原因でうまくブランドをつくることができないのです。
私は本を出したことで、企業の役員向けの講習会に呼んでいただく機会も増えました。ブランドづくりの重要性は皆さま理解されていますが、うまくいかないとおっしゃいます。その理由は「定義がはっきりしていないままブランドをつくろう」として、結局は「かっこいいイメージのブランドをつくること」になってしまっているからです。加えて、社内でもかっこいいイメージや広告でビジネスがうまくいくという話に納得はしていません。この状態では、会社の業績が良い間はブランドづくりを維持できますが、悪くなると終わってしまうという事態になります。
研究開発は企業にとって投資という意思の統一があり、常に一定の資金と人員が投入されます。一方、ブランドづくりは全ての人が納得していないために「費用」の側面が強くなります。そのため業績に左右されてしまい、業績が悪くなるとブランドをつくれないままで終わってしまうのです。そもそもかっこいいイメージのブランドをつくることはほとんどの企業商品においては意味がありません。
ブランドづくりで陥りがちな“かっこいいイメージ”ではない定義として“ビジネスがうまくいくようなイメージを頭の中につくること”としました。さらに「頭の中のイメージ」という言葉も、ブランドと結びつくとなんとなく良さそうなものと考えてしまいますので、言葉そのものに良し悪しを感じにくい「妄想」という表現に変更しました。
これは、妄想を抱くのは人ですので、それが企業の持ち物ではなく、人々の頭の中にあるものがブランドなのだと考えてもらいたいという狙いもあります。
堀 「ブランドは妄想」という考え方にいたったのはいつ頃の話ですか。
片山様 10年くらい前でしょうか。それまでは私も「約束」や「差別化」といった教科書に載っているような言葉を使っていました。マーケターの森岡毅さん(元ユニバーサルスタジオジャパン、株式会社刀代表取締役)のお話をきき「やみくもに差別化しても価値がなければ意味がない」ということを仰ったと思いました。そのとき、差別化は結果的に見えてくるものであって、自社と他社はここが違うということさえわかれば十分なのだと気づいたことがひとつのきっかけです。
もうひとつは、ブランド戦略論の第一人者である田中洋先生が約束や差別化というブランドの定義は「芸術は爆発だ」のようなものだとおっしゃっていたことです。「芸術は爆発だ」は岡本太郎さんの言葉ですが、芸術家の心の中に爆発が起きて、それを形にしたものが芸術。その芸術は見た人の心にも爆発を起こし、それ事態も芸術だということでした。当時、私はブランドづくりとは約束づくりだと思っていましたが、そのロジックでは芸術家になるために爆発に取り組むことになります。それはおかしい。そこから「約束」や「差別化」ではない、適切な言葉を考え、「妄想」にたどり着きました。
「実務家ブランド論」はブランドづくりの参考書
堀 片山さんも最初は教科書通りに考えていたということですが、実務家であればそれは当然だと思います。ですが多くの企業が教科書に従いながらも勘違いをしてしまっています。それはなぜなのでしょうか。
片山様 自らの反省をこめて考えると、勉強不足ですね。私も今、あらためて教科書的な書籍を読んでみると、そこには正しく書いてあるのです。ただ、学問的に書かれた書籍の一番の問題は、専門家が賢すぎるがゆえに抽象化がすぎることです。例えば、私が「この机、片付けて」と言った場合、私のことを良く知っている間柄なら、何をしまって、何を残すのかはわかっています。しかし、そうではない人にとっては何をどうすればいいのか、全て指示をしないと正しく片付けることはできません。学者の方の間ではすでに同意ができている、常識になっていることは当然のことながら本には書かれておらず、そこを勉強しないままに抽象化された結論だけを読むので、勘違いが起きてしまうのです。
堀 学者の方の話は後付け、結論からの考察が多いと感じます。一方、実務家は現在進行形の話なので型にはまることばかりではないという事情もあるのではないでしょうか。
片山様 本来であれば整理・抽象化された理論と、具体的な現実を行き来しなければならないのです。学問的な学びもなく、何も考えずにとりあえず汗をかいてブランドづくりができるのかというと絶対にできません。私の本は、教科書を読むための参考書のような位置付けです。「実務家ブランド論」を読むだけではなく、合わせて専門書も読んでこそ本当の意味があります。ブランドをつくるということは、一冊の本を読めばいいというものではありません。
堀 確かに「実務家ブランド論」を読むと、前提の知識がないと理解できないところがありますが、実務家としては非常に共感する部分が多いですね。
片山様 私ができることは、一生懸命ブランドづくりに取り組んでいるにもかかわらず、うまくいかないという課題を抱えている方に、自分が25年間失敗してきた同じ過ちを犯さないきっかけを与えることだと考えています。最初に教科書的な専門書を読み、残った疑問点を「実務家ブランド論」で補っていただくというのが一番良いと思っています。