日常の小さな違和感に気づく「好奇心」。それが中川晋太郎の洞察力の源(後編)
写真左)弊社 コンサルティング本部 インサイトコンサルティング部 コンサルティングディレクター 堀
社会のインサイトを見つけ出すために、中川晋太郎が考えていること
オンラインデリバリーサービスUber Eatsのゼネラル・マネージャー、中川晋太郎氏。グローバル企業のマネジメントにおいて大事な視点とは何か。また、Uber Eatsというビジネスを牽引するリーダーとして、何を意識し、どんな行動を心がけているのかを伺いました。
Uber Eats Japan 合同会社
中川晋太郎様
P&G でブランドマネジメント担当としてキャリアをスタートさせた後、事業再生支援会社を経て、2009年にユニリーバ・ジャパンに入社。ヘアケア商品のマーケティング責任者を経て、2016 年からは同社ホーム&パーソナルケア部門のディレクターとしてマーケティングを統括。2021年1月の Uber 入社後、モビリティとデリバリーの両事業におけるマーケティング活動を統括し、2022年9月に Uber Eats Japanの暫定代表に就任。2023年2月より現職。
社会のインサイトを読み、そこへの働きかけで新しい行動を根付かせることが大事
堀 商品やサービスを定着させるために、インサイトの抽出には多くの企業が取り組んでいると思います。インサイトにも種類があり、人のインサイトと社会のインサイトがあるように思います。そのような視点で市場を見ることはありますか。
中川様 そうですね、Uber Eatsに関してはサービスインしてから気づくことが多かったのですが、物理法則の「慣性」のような影響が大きいと思っています。電車で立っていると、停車したときに力がかかって踏ん張らないといけない、そのような感覚に近いです。新しいブランドであればネガティブな慣性が障害になることは少ないですが、私たちのように全く新しいサービスの場合は消費者が慣れている行動を変えないといけない。皆さんが踏ん張って耐えようとする、その意識を変えることには時間がかかります。これは私たちだけではなく、さまざまな業界でも同じだと思います。
そういう意味で社会のインサイトを見て、どのように新しい行動を根付かせ、社会の一員として受け入れてもらうのかを考えることは大事です。例えば、「どうしてUber Eatsを利用しないのですか」と聞くと、楽をしていることが贅沢だと感じ、それが罪悪感につながっているようでした。非常に日本らしい意識で、それは個人で感じているだけではなく、社会全体にも少なからずあるということがわかりました。
欧米では、“Work smarter, not harder.”という表現もあるように、効率よくできる方法があるのに使わないのはもったいないという意識を持っています。ペルソナのような視点で見ると、初期からご利用いただいている方はいい意味で「楽をする」ことを厭わない。そこはネットスーパーや宅配クリーニングの利用者と重なる部分があります。逆に、罪悪感を覚えている人も、社会全体が楽をすること自体を受け入れるような状況になれば、使ってもらいやすくなると思っています。
堀 時間に対する意識が変わってきているような気がしています。「タイパ」という言葉は象徴的ですよね。
中川様 本当に、時間は貴重だという認識は定着してきましたね。これまではお金を払うくらいなら自分でやろうと思う人が多かったですが、その時間をお金で買うことを選ぶ人も増えてきたと感じています。
堀 消費者への理解や、そこからインサイトを見つけ出すためにはデータの活用が不可欠です。私たちはサードパーティーデータを提供していますが、そうした外部から提供されるデータに期待されていることは何でしょうか。
中川様 データの意味づけです。データにしても、インタビュー調査のレビューにしても、問いに対して何を答えたかということ自体にそれほど意味はないと思っています。それよりも、なぜその答えをするのかが大事なので、質問と回答の間にある理由に焦点を当ててもらえると私たちもアクションにつなげやすいということはあります。
堀 おっしゃる通りで、私たちもアンケート結果を集計しただけでは単なるデータでしかなく、その解釈が重要だと考えています。データはたくさん集まりますし、集計はすぐにできます。しかし数字を眺めているだけでは、数値が動いた理由やインサイトは出てきません。そこに至る背景が大事ということは意識しています。
中川様 背景や理由がないと、同じ結果を見ても逆のことを指している場合も出てくるかもしれないので、だからこそそこは重要です。
繰り返し感じる「小さな不便」にはヒントが隠されている
堀 Uber Eatsは新しい習慣を作ることにチャレンジされています。そのとき、どう社会を洞察しているのか、そこからインサイトを得る「コツ」のようなものはお持ちですか。
中川様 それは「インサイト」という言葉に象徴されています。今、皆さん、あるいは社会全体が欲しいものはすでに存在している場合が多いでしょうが、実際に存在していてもお金をだしてまで欲しくなかったり、売れなかったりするのではないでしょうか。「インサイト」と呼ばれるものは人が言葉にできない、気づいていないようなニーズなので、そこにいかに気づくかですよね。
私自身のコツとしては、日本以外の先進国を見るようにしています。他国ではできているのに日本ではできていないようなことやものは、確実に日本でも根付かせることができる。もちろん各国“お国柄”のような違いはありますが、現代ではテクノロジーの進化とインターネットの普及でその差は小さくなっています。
堀 その象徴はスマートフォンですね。今や高齢者もスマートフォンを使っています。「ガラケー」という言葉があったように、スマホは日本式ではない。その定着が日本をグローバルスタンダードに近づけたように感じます。
中川様 確かにスマホが登場した前後でグローバルスタンダードが受け入れられるようになりました。
もうひとつ私が心がけていることは、小さな「不便」をメモしておくことです。ものすごく不便なことは、すでに解決されています。でも、ちょっとした不便、耐えられはするがその瞬間にはストレスを感じる。そういうことをどれだけ見つけられるかが勝負になります。小さな不便を感じたときにメモをしておく、大きな不便ではないのですぐに忘れるのですが、メモを見返すと「これ、もう10回も書いているな」とわかったとき、もしかしたらそこには何かがあるかもしれない、と気づくことができます。
ビジョンを共有するための3ステップ
堀 ここまでは外へ向かった話をお聞きしてきましたが、ここからは社内の話をお伺いします。Uber Eatsのようにビジネスを急成長させている段階で、マネジメントという点で気をつけていることはありますか。
中川様 一番大きなポイントは社員全員が同じ方向を向くことができるかだと思います。月並みな表現になりますが、ビジョンや作りたい社会像、そのためにどのようなビジネスをしていくのかということを明確にし、だから今の頑張りが必要だということを共有しておくことが大事です。急激に伸びているときは、山のようにある目の前のタスクを処理していくだけで日々が過ぎ、充実感は得られます。私自身コロナ禍中の入社で、すごいスピードで色々なことが起きる日々を過ごしました。そうするとアドレナリンが出るし、達成感もあるのですが、サステナブルではない。静かに疲労が蓄積していって、アドレナリンが出なくなったときにモチベーションを見失ってしまう。そんなときに自分たちのビジネスの目指すところや、全員が同じ夢を見ているかということがすごく大事になると思っています。
堀 どの企業もビジョンを語ることはできても、それを社員に「自分ごと」として共有できるかに課題を抱えているように思います。
中川様 私はいつも3つのステップで考えています。一番大事な最初のステップは「ビジョン」が物理的に全員から見える、そういう表現になっているかです。ビジョンが概念的な表現になってしまうことも多いのですが、文字通り「画」が見えるくらい具体的に言うことで共有できるものになります。
2つめのステップは、「忘れられないこと」。説明する側は「これだけ繰り返し言っているのだからみんな覚えているだろう」と思っていても意外に浸透してないものです。だから言い飽きたと感じても、毎週、毎月繰り返し言う。覚えてもらいやすいように、できるだけ端的な表現にすることを意識する。ただ、端的な表現から入ってしまうと言葉だけが一人歩きするので、最初のビジョンがあっての表現という位置付けが重要です。
3つめのステップはUber Eatsに入社して改めて大事だと学んだことです。それはパイロット版でもいいので「できるだけ早い段階でビジョンの一部を実際に見せること」です。ここまでのステップで夢を見て、覚えても、信じられるかどうかはまた別の話で、信じてもらうためには「できるじゃん」を見せることが一番早い。
弊社では、日本中のありとあらゆるものを届けたいとお話ししましたが、実際に先日、福岡市との協業で買い物支援事業がスタートしました。福岡市は、都市部でも道路の幅が広く、歩道橋を渡らないと買い物に行けない場所も多いため、そのような買い物に不便を感じている人に対して生鮮食品や日用品の配達を私たちが担いましょうというサービスです。この事業を社内でシェアすることで、私たちのビジョンが少しずつ実現に近づいていることを見てもらっています。
堀 Uberのようなグローバル企業では多様性はある意味当たり前です。そうした組織でのマネジメントで心掛けていることはありますか。
中川様 確かに国籍では何十カ国という人が働いていますし、服装も自由です。夏場はTシャツ、短パンという社員も見かけるので、目にみえて多様性を感じます。ただ、仮に100%日本人という会社だからといって多様性がないと決めつけるのは危険だと思います。一人ひとり性格も考え方も違いますし、多様性は目にみえるものだけではないです。一見して多様性が少なくみえるときほど、注意深く観察しないといけない。これは多様性が見えているときよりもチャレンジングなことだと思います。
堀 最後に、マーケティングやマネジメントで社内をリードする立場にある中川さんにとって「ビジネスリーダーの洞察力」とは何でしょうか。
中川様 あえて言うなら「好奇心」でしょうか。インサイトのところでもお話ししましたが、小さな不満をどれだけ見つけられるか。組織マネジメントの観点でも、メンバーが楽しんでいるか、不満を溜めていないかを観察することが必要です。そのための洞察力は、本当に興味を持っていないと発揮できないので、身の回りのあらゆることに好奇心をもつことが大事だと考えます。「これなんだろう」と感じたときに放置しない、その日々の繰り返しかなと思っています。
堀 リーダーとして、すごくたくさんの人を見ないといけないですし、日常からインサイトを発見するときにも、小さな変化を見逃さないためには「好奇心」が必要になるわけですね。今日はお時間をいただきありがとうございました。