Future Marketing
【前編】体験を通じて変わった社員の意識、その真の意義とは
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2019年5月に「プラスチック基本方針」を策定し、サステナブルな社会の実現に、貢献を目指すサントリー。同社のこうした環境への取り組みは、今にはじまったわけではない。2005年からは事業の根幹をなす水資源への思いを「水と生きる」というメッセージとともに表現し、活動を行っている。CSR、SDGsといった言葉が注目される以前から、さらに言えば鳥井信治郎氏が創業した120年前から社会とともにあることを意識し、行動を続けてきたサントリー。その現在の取り組みをコーポレートサステナビリティ推進本部の内貴研二氏に聞いた。
コーポレートサステナビリティ本部、その源流は創業の精神にある
堀:まずはコーポレートサステナビリティ推進本部 について、役割や機能を教えていただけますか。内貴:私たちのグループは、サントリーホールディングスを持株会社として、さまざまな事業会社、機能会社を抱えています。ホールディングスには本社機能を持つ部署が集まっており、そのひとつがコーポレートサステナビリティ推進本部です。
そのミッションは、グループの事業活動が持続可能なものであり続けることを経営全体の中で推進させること。本部にはサステナビリティ推進部、CSR推進部、コーポレートブランド戦略部という三つの部があります。
サステナビリティ推進部は、その名の通りグループの事業活動をいかに持続可能なものとするか、現状を把握し、課題があればそれを抽出し、解決策に取り組みます。一般的な企業では環境部とCSR部を合わせたようなイメージでしょうか。「環境部」とするとCO2削減など環境負荷の低減に特化しがちです。そこにCSRの要素を加えることで、より広く、サプライチェーンやそこに関わる人々の人権など、総合的に持続可能性を考え、取り組むことを目指しています。
CSR推進部は、従来からサントリーがCSRとして取り組んできた多様な社会貢献活動の実務を担う部署です。私たちは国内で、文化、芸術への貢献活動や、ラグビーやバレーボールなどのスポーツの活動を行っています。また、あまり広くお伝えはしていませんが、社会福祉活動にも力を入れています。こうした活動の実務を支える役割を果たしています。東日本大震災などの大規模災害での復興活動支援などはこの部が中心になって進めています。
コーポレートブランド戦略部は、「サントリー」というブランドが現代においてどのようなブランドイメージを持たれるべきなのか、企業活動のどの部分を理解してもらえば、ブランド価値に還元できるのかを考えています。具体的にはコーポレートサイトやレポートなどでの情報発信に取り組んでいます。
堀:創業以来の企業理念に、すでにサステナブルな精神があるように感じます。
内貴:「やってみなはれ」と「利益三分主義」は、創業者の鳥井信治郎の哲学そのものです。
「やってみなはれ」は、世の中に新しい価値を提供していくためには挑戦が必要です。挑戦がなければ新しい価値にはたどり着けないし、イノベーションを起こして新しい価値を生み出して、はじめてお客さんに喜んでもらえる。これは代々当社の経営者に受け継がれてきたビジネスの原動力的な考え方です。
「利益三分主義」は、事業で得た利益を三方向へ再投資することを意味しています。まずは当たり前ではありますが事業への再投資。次にビジネスパートナーへの還元です。仕入先や取引先との共存共栄がなければ、事業は継続できない、ここには従業員への還元も含まれています。三つ目は社会への貢献です。鳥井信治郎は、ビジネスで直接の関係がなくても、広く社会一般に貢献していくことが必要だと考えていました。
その理由は、事業を展開し、成長させていくことができるのは、自分たち自身をはじめ事業に関わる人たちの努力は前提として、広く社会からも意味のある事業だと認めてもらえていることが必要だからです。そうした考えのもとで、事業で得た利益を、直接事業に関わりのない社会にも還元していくことは、そもそも仕事の一部なのだと掲げたのが鳥井信治郎の哲学。この哲学がコーポレートサステナビリティ推進本部の出発点にもなっています。
創業から120年、事業には浮き沈みがありましたが、社会への貢献は一貫して会社として取り組むべき領域とされ続けてきました。私たちとしては、CSRやSDGsという言葉で定義される以前から、社会と共生する企業として活動してきたわけです。
約7000名の社員を3年かけて「天然水の森」体験研修に
堀:創業以来、社会への還元を続けてこられたわけですが、2005年からは「水と生きる」というメッセージを発信し、活動もされています。以前、その活動を拝見する機会があったのですが、こうした活動が陥りがちな「上から目線」や「アピール感」を感じませんでした。企業と消費者、参加者が一緒になって活動する空気がありました。活動をするうえで、目線の合わせ方に工夫や意識していることはあるのでしょうか。私たちのビジネスは、商品をつくることと同時に、どうすればその価値が伝わるのか、興味を持ってもらえるのかを考え続けることでもあります。この意識はどのような領域でも気を使っていることでもあるので、コーポレートサステナビリティ推進本部の仕事でも、それが意識できているということだと思います。
堀:多くの企業ではCSR活動に取り組むとき、社員にその意義や理由を理解してもらうことに苦労しています。「利益三分主義」という創業精神を持っていることで、社員の皆さんに浸透しやすい環境にあるのでしょうか。
内貴:私たちも社内で理解を深めるためには努力が必要でした。私は2005年からこの仕事をしていますが、どうすれば社員に理解してもらえるか考え続けてきました。2003年に「天然水の森」の活動をはじめ、2005年から「水を生きる」と発信していますが、社員全員がその意味や理由を理解していたわけではありませんでした。この点では多くの企業と違いはないと思います。
ただ、活動の真意を理解すれば、社員にも共感を得られると思っていました。また、深く理解した社員が取引先やお客さまに伝えることは結果としてサントリーグループの価値につながると確信していたので、何らかの形で理解を深める機会を持つべきだと考えていました。とはいえ、ただ会議室の座学で研修をしても伝わるものではないので、実際に「天然水の森」へ行き、体験をする研修のプログラムを作りました。国内のグループで酒類、食品に携わる約7000名近い社員を、2014年から3年かけて全員に体験してもらいました。
また、森は自然の状態を維持することが大事なので、本来人が頻繁に出入りをするところではありません。たくさん人が入って歩き回ると、結果として森を荒らすことにもつながりかねません。保全作業も、ほかの木の生育に影響がある細い木や低木を取り除く、枝打ちといって杉やヒノキの枝を落とす作業を行いますが、いずれも刃物を使用する危険をともなうものです。素人が突然森へ入ってすぐにできる作業ではありませんし、安全への配慮も必要です。こうした事情もあり、3年かかりました。現在は毎年、新入社員に同じ研修を実施しており、国内で酒類や食品に関わる社員は必ず一度は経験することが形となりました。
想定外だったのは「このような活動ができるのはサントリーしかないのでは」という感想も多かったことです。活動への理解促進と、日々の業務での表現に加えて、自社の素晴らしさ、そこで自分が働いていることの誇りのようなものを再確認する機会になったのも、やって良かったと感じる出来事でした。
~後編に続く~
サントリーホールディングス株式会社
コーポレートサステナビリティ推進本部 専任部長
内貴 研二
株式会社クロス・マーケティンググループ
リサーチ・コンサルティング部 コンサルティンググループ コンサルティングディレクター
堀 好伸
<プロフィール>
生活者のインサイトを得るための共創コミュニティのデザイン・運営を主たる領域とする生活者と企業を結ぶファシリテーターとして活動。生活者からのインサイトを活用したアイディエーションを行い様々な企業の戦略マーケティング業務に携わる。「若者」や「シミュレーション消費」を主なテーマに社内外でセミナー講演の他、TV、新聞などメディアでも解説する。著書に「若者はなぜモノを買わないのか」(青春出版社)、最近のメディア出演「首都圏情報 ネタドリ!」(NNK総合)、「プロのプロセスーアンケートの作り方」(Eテレ)