Future Marketing
【前編】トップのコミットと、実行するための評価制度
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2015年の国連サミットで採択された「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)(SDGs) は、貧困や飢餓、安全な水による衛生面の向上、環境保護などからなる17の目標とそれらを達成するための169項目の数値目標を設定したもの。以前から、こうした活動に力を入れる企業はあったが、SDGsが採択されたことにより、国内外でさらに注目度が高まっている。日本でも2016年から政府主導の取り組みが始まっているだけではなく、SDGsを事業活動に取り入れようとする企業も増えていくことが見込まれる。今回は、クロス・マーケティンググループ プランニングディレクターの堀が、SDGsにおいて先駆的企業として知られるユニリーバの日本法人でアシスタント コミュニケーション マネジャーを務める新名司氏に、現状と取り組みを聞いた。
社会的な目的を持った企業活動に時代が追いついた
堀:SDGsには多くの企業が注目しています。言葉としてはよく聞かれるようになってはいますが、まだまだ日本では理解が進んでいないと感じています。新名:サステナビリティというテーマで社外の講演会などでお話しさせていただくときも、大切であることはわかっているけれど社内での浸透に課題がある、予算がつかないという悩みを聞くことは多いです。当社の場合は、SDGsができてから取り組みを始めたわけではなく、企業のルーツにソーシャルな思いがあったことでベースができていました。 1884年に最初の製品として発売した「サンライト」石鹸は、衛生的な習慣を普及させ、人々の命を守るためのものでした。以来、ブランドや製品を通じて社会課題を解決したいという思いを脈々と受け継いで事業を展開してきました。
私たちがソーシャルな思いを持ち続けられたのは、企業として明確なパーパス (目的、存在意義)を持っていること、それが事業戦略に組み込まれていること、そしてトップがコミットしていることが非常に大きいと思います。私たちのパーパスは「To make sustainable living commonplace」です。つまり、サステナブルな暮らしを当たり前のものにすることが、ユニリーバがこの社会に存在する目的です。
たとえば環境にやさしい製品を買いたいと思ったときに、大きな町の高級店へ行って選び抜かないと手に入らないとなると、毎日続けるのは大変ですよね。でも、環境は守り続ける必要がある。そこで、ユニリーバでは、サステナブルな製品をいつでも、どこでも、どなたでも気軽に買えるような仕組みを作っています。ライフスタイルとしてもビジネスとしても、続けられるようにしているんです。
堀:日本の企業だとそうした取り組みや意識を、マーケティング的に「プレミアム感」のような特別なものとして表現しすぎているのかもしれません。
新名:各企業がSDGsへの取り組みを伝えることは素晴らしいことだと思います。 消費者にとっては気づきになりますし、取り組みへの共感や信頼感がよりサステナブルな製品やライフスタイルを選ぶきっかけになることもあるでしょう。でも、サステナブルなら品質が良くなくても、高くても良いというわけではありません。実際、リプトンのティーバッグには、2015年から国際的な環境保護団体のレインフォレスト・アライアンスの認証を得た茶園からの茶葉しか使っていませんが、品質や味には一切妥協していません。認証を受けていることで原価が上がっても、製品価格には転嫁していません。消費者にとってのハードルが上がってしまうからです。これはサステナブルな暮らしを当たり前にするというパーパスに基づく施策です。
目標の達成は人事評価にもつながる 責任はトップにも
堀:日本の企業だと、SDGsに限らず何か目標を立てても、意外と具体的な行動につながらないという悩みを抱える企業も多いのではないでしょうか。新名:外資系企業と日本企業の違いは一概には言えませんが、一般的に日本企業のほうが堅実で、確実に目標を達成できる見込みができてから動く印象があります。あくまで外からの視点ですが、見込みがなくても目標を宣言してしまうことがあってもいいのではないかと感じています。
私たちはユニリーバ・サステナブル・リビング・プランで「製品ライフサイクルからの環境負荷を半減する」といった目標を掲げています。実際、とんでもなく高い目標で、実現への道のりが見えていなかった部分もたくさんあります。ですが、言ってしまった以上、達成しないわけにはいかないので、各国が必死に方法を考え、掲げた目標の8割が達成済か、このまま行けば達成される見込みというところまで来ています。
堀:その過程に何か秘密はあるのでしょうか。
新名:実行できたのは、事業戦略に組み込んでいることが大きいです。具体的には、ユニリーバ・サステナブル・リビング・プランの目標を国や部門、ブランドごとに落とし込み、担当者レベルにまで細かく割り振っているんです。目標が何か、そのために各社員が何をすれば良いのかが明確になるようにしています。目標を達成すれば評価されるような制度や、自分の人生の目的と結びつけられるような仕組みも導入しているので、社員としても自主的に行動する意味を見つけやすくなっています。
なお、評価は社員だけが対象ではありません。目標が達成できなければ部門の責任者はもちろん、最終的にはCEOが責任を問われることになります。経営陣が、売上や利益と同じように、サステナビリティにもコミットしているんです。やはりトップのコミットメントには非常に大きな力がありますね。グローバルCEOも各国の経営陣も、社内に姿勢を示すだけではなく、社外にも積極的に発信しています。その第一歩が、ユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン導入時の社内コミュニケーションです。ポール・ポールマンから各国の経営陣へ同プランの内容と意義が直接伝えられ、動画や資料が託されて、それからわずか1カ月の間に全世界17万人の社員に伝えられました。日本でも動画に字幕をつけ、映画館に全社員を集めて観たりもしました。
実は、サステナブル・リビング・プランを導入したとき、株主からは「利益を捨てたのか」「そんな余裕があるなら配当に」と反発を受け、株価が下がるという事態も経験しました。社内にもさまざまな意見や議論はあったと思います。それでもトップが宣言を守ると言い続け、プランを継続した。その結果、業績を上げながらサステナビリティの点でも確実に成果が上がっています。トップのコミットメントのもと、パーパスが企業文化にも事業戦略にも根付いていることで、SDGs先進企業と言っていただけるようになったのではないかと考えています。
ブランドとSDGsの接点を見つけることがポイント
堀:これからSDGsを取り入れようとする企業は、どんな意識を持てば良いのでしょうか。新名:まずは、それぞれの企業のビジネスやブランドと社会課題の接点を見つけることです。例えば、石鹸のブランドを持っているとします。SDGsの17の目標には「平和と公正をすべての人に」という項目もありますが、石鹸で世界平和を実現するというのはちょっと離れているように感じます。でも、「すべての人に健康と福祉を」であればブランドとの関係性が深く、貢献できるような活動を想像しやすいはずです。
また、バリューチェーンやサプライチェーンを見つめ直してみることも接点を見つける一つの方法です。紅茶であれば、茶園に目を向け、農家の人々の収入を上げるために何をすれば良いのか、茶園の周りの自然環境を守るために何ができるのかを考えてみる。そういう視点を持つことがSDGsに取り組むきっかけになるはずです。
堀:SDGsが定める17項目の目標全てに当てはめるのではなく、どれか一つでも良いというのは取り組みのきっかけを作りやすいですね。
新名:今はブランドや製品と関連する例を話しましたが、直接的な関わりのない項目と結びつけることも可能ではあります。たとえば先程の石鹸の例でも、売り上げの一部を平和にかかわるような活動に寄付するという形で「平和と公正をすべての人に」という項目と接点を作ることはできます。ただ、純粋な寄付の場合には、原資がなくなると継続できなくなってしまうので、ビジネスに直結するような活動をデザインしたほうが続けやすいとは思います。
サステナビリティは、「持続可能性」という言葉通り、続けられるかが鍵です。ビジネスとして続けられ、SDGsにも貢献し続けられるよう、なるべく自社の事業と近しいところで考えることが大事です。接点をどこに見つけるかは担当者レベルでも可能ですが、その活動を全社的なものにして続けていくためには、やはりトップがコミットしているということが重要なポイントになります。
~後編に続く(1/25公開予定)~
ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社
アシスタント コミュニケーション マネジャー
新名 司
株式会社クロス・マーケティンググループ
リサーチ・コンサルティング部 コンサルティンググループ コンサルティングディレクター
堀 好伸
<プロフィール>
生活者のインサイトを得るための共創コミュニティのデザイン・運営を主たる領域とする生活者と企業を結ぶファシリテーターとして活動。生活者からのインサイトを活用したアイディエーションを行い様々な企業の戦略マーケティング業務に携わる。「若者」や「シミュレーション消費」を主なテーマに社内外でセミナー講演の他、TV、新聞などメディアでも解説する。著書に「若者はなぜモノを買わないのか」(青春出版社)、最近のメディア出演「首都圏情報 ネタドリ!」(NNK総合)、「プロのプロセスーアンケートの作り方」(Eテレ)